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2013年11月16日土曜日

保育園における環境教育

平成20年9月12日

前回、前々回と子供の指導方法について書きましたが今回は保育園における教育ここでは、「環境教育」「数列教育」の2点にスポットを当て全2回にわたって書いてみたいと思います。尚、ここで言う「環境教育」とはエコや環境破壊などを指しているものではありません。

本シリーズにおいて、私の考えるもっとも重要な点は「教育の連続性」である。「養護と教育が一体になったものが保育所保育の特性である」と保育所保育指針に書かれているが、何も教育とは幼児以上のみに該当する言葉ではない。乳児部分も教育である。では、養護と教育の境目とはどこにあるのか。例えば乳児に食事を与えるのはもちろん養護部分であるがスプーンや箸の使い方を教えるのは教育である。乳児のオムツを交換するのは養護部分であるが、オシッコが出たら言葉で伝えられるように指導するのは教育である。つまり自主行動への移行を目的とする指導はすでに教育なのである。

又、大人が教育という言葉を耳にした時まずイメージするのは学習である。これは大人の頭に教育=学習(勉強)という図式ができあがっているからであり、ある程度しょうがない部分でもある。確かに教室で計算ドリルをやりながら座っている子供達を見ると勉強しているようにも見える。しかし、本当の知性とは、状況変化(今与えられている条件)に対して次々に判断できる能力であり早期教育という考え方とは性格を異にするものである。これを得るために「何故と問う心」を子供達に教えなければならない。私はこれを「知的好奇心」と定義しこれに力をおいた教育、知的教育を最も乳幼児期に必要なものの一つと考えている。

私の考える教育の原点は環境であり、子供はその置かれた環境からさまざまな刺激を受けて成長する。予断になるが、この環境の中に人間も含まれていてこの点から見ると教育の原点は模倣である。人間関係能力はそれまでに関わった人の数と内容によって形成される。

子供はまずその環境にあるものから刺激を受けることにより物事を知っていく。「数はお風呂の中で覚える」「色は花で覚える」といったものがそれにあたる。生後8ヶ月ぐらいになると赤ちゃんはハイハイを始めるが、色々な物に興味を持ち始める頃で「第一期探索活動」と呼ばれる行動である。「第二期探索活動」とは概ね2歳ごろに始まる「指差し」である。これは物にはそれぞれ固有の名前があることを認識し始めた証拠で「これ何?」といった言葉で大人を困らせることが良くある。この後、単なる「山」から「大きな山」、「花」から「青い花」といったより具体的な表現へと移っていく。これらも周りからの刺激である。

保育園では、子供それぞれに個人用の靴箱やタオル掛けがある場合が多いが、そこには各個人用のシールに名前を書いて貼っておく。これは乳児も幼児も同じであるが、乳児に名前を書いても自分で分からないので意味が無いといった意見を聞くことがある。これは大きな間違えである。これは「指差し」からの流れと同じで、「ものには名前がある→名前を知りたい→名前を書いて表現したい」という大きな流れにおける出発点である。つまり、最初は自分の名前表記(ひらがな)を模様として認識しているがそれが文字であり、それぞれを表しているということを知るのである。同じく生まれてすぐの赤ちゃんに絵本を読んで聞かせても意味が無いといった意見も間違いである。

以下次号へつづく